人は「どこで報酬を感じて生きているか」で、回復も消耗も決まる
- sseednoriko
- 1月12日
- 読了時間: 4分
プログラムを解除していく過程のなかで、最近になって、ある違和感を観察していました。
同じように頑張っているのに、もしくは、安心していたり、リラックスしているはずなのに、ある人は生き生きして、ある人は静かに疲弊していく。
一見すると不思議ですが、それは努力量や才能の差ではありませんでした。
私が見ていたのは、どこで「報酬」を感じて生きているかの違いでした。
人は一つの型で生きていない
人は、一つの性格、一つの在り方、一つのモードだけで生きているわけではありません。
局面ごとに、無意識に「相(フェーズ)」を切り替えながら生きています。
私の観測では、それは大きく三つに整理できます。
🔥 前線に立つ相
👁 観測する相
🎯 決断・遂行する相
これは性格診断ではなく、人間の基本的な運用構造の話です。
実はこれらは、後から思いついた理論ではありません。
私自身、ダンス活動や映画制作、そして大学や現場で人を指導する中で、
「この人はいま、どこに立っているか」「どの相で世界を見ているか」
そうした点を、無意識のうちに感知し、接し方を変えてきました。
言葉になる前から、使っていた感覚です。
それを後から振り返り、整理し、ようやく言語化したのがこの三相と報酬の構造です。
まず全体像として、こちらにまとめました。
(人がどう切り替わりながら生きているかの地図)

同じ行動でも、報酬が違うと結果が変わる
次に見えてきたのが、それぞれの相が「どこで報酬(快・満足・生存感)」を感じているかでした。
同じ行動でも、
それが回復になる人
消耗になる人
中毒のようになる人
がいる。
その違いは、行動そのものではなく、どの相で、どんな報酬を感じているかでした。
🔥前線相の報酬:生きている実感
🔥は、限界・崩壊・死・危うさなどへの生の緊張点が「続く」ことに刺激や快を感じます。
アドレナリンを出発点に、切れそうで切れない、危ういけれど崩れていない状態。
常に「今」に引き戻される感覚。それが🔥の本質的な報酬です。
(※快と不快の境界は曖昧になりやすい)
👁観測相の報酬:確かさ
👁は、混乱や不確実性の中で一段外に立ち、
「分かった」「位置が把握できた」
という確かさに快を感じます。
情報を集めること自体が目的ではなく、構造や全体像を把握できている状態が“続く”ことへの、静かな安心としての報酬。
感情はフラットになり、視野が広がり、自分がどこに立っているかが明確になる。
(※この快に執着すると、 優越感や自己顕示欲が副産物として生じることがあります)
🎯決定相の報酬:純度
🎯は、自分と対象(目標・行為)の間に雑音がない状態に快を感じます。
どれだけノイズを削ぎ落とし、純度を高められるか。
快は薄く静かで、無に近づいていく過程そのもの。
緊張や興奮は伴わないことが多く、完了・達成はあくまで副産物です。
ただし、快を追い始めた瞬間、集中は濁り、別の欲求が混ざり始めます。
報酬は、生かすことも、削ることもある
どの相も、悪いわけではありません。
ただ、偏ったまま無自覚に使い続けると、人は自分を削ります。
このあたりを、もう少し詳しく整理したのがこちらのPDFです。
(三相それぞれの報酬と、暴走の構造)

じつはこれらは、後から思いついた理論ではありません。
私自身、ダンス活動や映画制作、そして大学や現場で人を指導する中で、
「この人はいま、どこに立っているか」「どの相で世界を見ているか」
そうした点を、無意識のうちに感知し、接し方を変えてきました。
言葉になる前に使っていた感覚です。
それを後から振り返り、整理し、ようやく言語化したのがこの三相と報酬の構造です。
最終的に、この構造を知ったうえで、すべてを手放していくことが、
マスタリーに繋がっています。
私は、からだを通して、ダンスを通して
構造を知り〈手放す〉ことで、無限が生まれることを知っています。
学んでいたことは、思い出す作業でもありました。
それを、こうした構造として示すのは今回が初めてです。
プログラム解除ラボ講座






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